I-OPEN PROJECT

GOOD DESIGN
障がい者も
健常者も、
共存できる社会へ。
I-OPENER’S STORY
太田 泰造
錦城護謨株式会社 代表取締役社長
太田泰造さんのプロフィール画像

I-OPENER’S STORY #01

ゴムメーカー発、誘導ブロックの進化系

視覚障がい者用の誘導ブロックと聞いて真っ先に思いつくのは、表面に凹凸のついた黄色い点字ブロック。すでに半世紀前からある業界のスタンダードですが、近年になって、新しい素材を用いて新しい課題解決を図る製品が登場しました。製造するのは、大阪のあるゴムメーカー。大量生産・大量消費の社会を脱し、次の時代のメーカーのあり方を模索する企業のチャレンジとは? そして、知財活用の方法とは? その取り組みを伺いました。

モノが溢れる時代に、メーカーは何を作るべきか

Q. 視覚障がい者歩行誘導ソフトマット「歩導くんガイドウェイ」の開発に至る背景を教えてください。

太田:弊社は、創業85年になるゴムメーカーです。ゴムというのは、それ単体で商品になるだけでなく、さまざまな工業製品に組み込まれて使われます。創業者は私の祖父で、昭和の初めのモノが足りない時代に、ゴムを通じて社会を豊かにする志を持って、創業しました。おかげ様で、弊社のゴムはその品質が認められ、事務機器や医療機器などの工業品として、現在では500種類に近い製品を製造しています。また、ゴム成型技術を活かし、土木分野にも進出し、地盤改良工事の材料製造・設計・施工・管理までを行うようになりました。

製造作業風景の写真

太田:しかし、三代目となる私が代表になった頃から、「作ることで豊かになる」ことだけを目指していて、本当にいいのかと考えるようになりました。
皆さんも肌身に感じていることだと思いますが、今の日本の社会は、すでにモノに溢れています。それは、限りある資源や環境負荷を顧みずに進んできた、発展のモデルです。しかし、持続可能性が重要視され、SDGsが企業活動の重要な課題となった現代では、メーカーもまた、マインドチェンジをしていかなければなりません。
そして、モノづくりを通じたマインドチェンジの実例として、いま弊社がもっとも可能性を感じているのが、視覚障がい者歩行誘導ソフトマット「歩導くんガイドウェイ」になります。

歩導くんガイドウェイの写真「歩導くんガイドウェイ」は、特殊ゴムで作られた歩行誘導マット。凹凸が少なく、白杖で突いた感触は柔らかい

太田:「歩導くんガイドウェイ」は、特殊ゴム素材の誘導マットです。視覚障がいを持つ方が、白杖を使って、ゴムの柔らかい感触を頼りに、行きたい方向に向かうことができます。全体がなだらかなスロープ形状になっており、視覚障がい者はもちろん、車椅子やベビーカーの方、ヒールを履いた方でも、違和感なく歩くことができます。従来の点字ブロックは、凹凸を利用して誘導する仕組みのため、設置の仕方によってはバリアになってしまうこともあり、屋内では入口から受付までしか設置してもらうことができずにいました。それをクリアした「歩導くんガイドウェイ」は、今まで設置してもらえなかった部分へも誘導路として設置することで、誰もが自由に移動できる空間を作ることができるのです。

モノの改良を通じて、社会課題と向き合う

Q. 着想と開発のきっかけを教えてください。

太田:開発のきっかけは、島根にいらっしゃる全盲の方と知り合ったことです。その方は、従来にない誘導路「誘導マット」を考案されていました。しかし、実際のモノづくりやPRができないと、悩んでもいました。そこで、私たちがPRや営業をお手伝いする形で、伴走させていただくことにしました。最初は、たくさんの困難に直面しました。私たち自身、ゴムに関するモノづくりに長年携わってきましたが、視覚障がいについては無知でしたし、そこでどんな製品が求められるかも、試行錯誤を続けるしかありませんでした。

太田泰造さんの写真

太田:しかしそれは同時に、私たちが障がいや、健常者と障がい者がよりよく生きる社会といった、いちメーカーから脱した広い視野を持つことのきっかけにもなりました。ですから、学びの日々とも言えます。
ただ、これまで世の中になかった商品ですから、認知は全くありません。市場に対して新規参入し、それも従来とは違う技術、違う形状のものとなると、「これが何を成せるのか」の説明から、始めないといけません。そこでまずは、実際に視覚障がいを持つ方に使ってもらうことが一番だと考え、関連施設に地道な営業活動をしました。試験的に導入いただき、反応を持ち帰る。そうやって、認知を上げていきました。

誘導マットの写真ゴム製で軽く、設置も簡単。両面テープで床と貼り付けるだけで固定できるため、臨時の設置や変更もしやすい。施設完成後からでも導入できる

太田:そんな中、大きなピンチが訪れました。とある地方銀行の複数店舗に導入いただいたのですが、銀行は、障がい者だけでなく、もちろん健常者も利用します。健常者にとっては気にならず、障がい者にとっては頼りになるものにならないといけない。そのバランスを、シビアに追求することになります。実地での検証のため、使われ方も我々の想像以上に過酷でした。しばらくすると汚れやめくれ、突っかかりなどが目立つようになり、ついには「全店から撤去してほしい」と言われてしまいました。しかし、ここで引き下がってはこのプロジェクトの未来がなくなってしまう。なんとか半年だけ待っていただき、その間に視覚障がい者、車いす利用者を含めた開発チーム総出で、急ピッチの改良を進めました。通常少なくとも1年以上かかる開発期間にも関わらずさまざまな課題をクリアし、商品として形が定まりました。これらの検証期間を経て、今では、障がい者用施設に限らず、行政施設や店舗、病院などさまざまな場所で使われています。

誘導マットの写真試行錯誤の結果生まれた、連結部の仕組み。上下双方から噛み合わせることにより、抜けずに、ずれない。底面には滑り止め処理がされている

知財とは、一歩踏み出す勇気を与えてくれるもの

Q. 知財化への工夫や取り組みについて、教えてください。

太田:弊社はモノづくりを専業とする企業ですから、知財の取得については、製品開発当初から考えていました。
知財に関しては、大きく二つの役割があると思っています。一つは、自分たちの製品やアイデアを適切に守り、競合他社の参入に備えること。中長期で事業戦略を考えた場合、特許などで参入障壁を設けることは、ビジネスを持続させるために重要なことだと思います。
そしてもう一つは、お墨付きを得ること。新しい製品で、かつ市場も新しいとなると、その有用性を理解してもらうのは、容易ではありません。知財化することによって、自社での検証だけでなく、公的な認証を得ることができます。それは、安心感につながり、特に福祉の分野では大きなアドバンテージになります。公的機関などは、過去の実績を大事にしますから、知財によるオーソライズが必須となってくるのです。またプレスリリースやメディアによる波及など、自社だけでは届かないプロモーションにもなります。製品をただ売るだけでなく、それによって社会を動かしていくことを目指すなら、このような展開が欠かせないと思います。
このように、知財の二つの側面を、ビジネスのオフェンスとディフェンスに使うことで、可能性を大きく広げることができると思っています。

太田泰造さんの写真製品の開発や改良は、年単位の時間をかけて行われることがほとんど。だがそれでは普及のチャンスを逃してしまうと感じた太田社長は、半年のうちに5つの金型を作る急ピッチの改良を行い、製品化を実現した
ドットによるグラフィック表現をした誘導マットの写真ゴム製であることを生かし、斬新なカラーリングやドットによるグラフィック表現なども行なっている

その製品は、社会に気づきを与えているか

Q. 今後の目標や、その達成に向けた努力について、聞かせてください。

太田:冒頭にお話ししたように、私たちはメーカーとして、モノづくりを通じてより良い社会を実現する方法を常に模索しています。ですから、この「歩導くんガイドウェイ」は私たちの企業姿勢を示す大切な商品であり、売上を上げることだけを主眼とした活動ではありません。実際、「市場」として考えれば、視覚障がい者の数は全国に31万人程度と限定されています。しかし、そういう考え方を脱したものづくりこそ、私たちの模索の現れなのです。

太田泰造さんの写真

太田:例えば、こんなことがありました。私たちは「歩導くんガイドウェイ」が完成した後、盲学校に提供しました。簡単に設置でき、取り外すこともできますから、卒業式の日に試験的に導入させてもらいました。というのも、盲学校では卒業証書の授与の際、ガイドとなるロープを床に貼って、それを頼りに生徒は壇上まで歩いていました。慣れないロープのため慎重に歩かざるを得ず、生徒は皆、下を向いたり、すり足で移動したり、恐る恐る歩を進める状態だったそうです。それが、「歩導くんガイドウェイ」を導入した日の卒業式の光景は、一変しました。容易に確認でき、安心感を持って歩くことができるため、生徒は堂々と胸を張って、卒業証書を受け取ることができたのです。「あんなに誇らしい姿を見たことがない」と、保護者や先生方から、感謝していただくほどでした。その時、私自身も思ったのです。これこそが、メーカーが発揮できる新しい価値なのだ。これこそが、社会を変えていく方法なのだと。

車椅子の車輪の写真車椅子の小さな車輪は、地面の凹凸に影響を受けやすく、従来のブロックではスムーズな移動の妨げになる。「歩導くんガイドウェイ」のなだらかなカーブなら、違和感も感じない

太田:視覚障がい者も健常者も、誰もが共存できる空間をつくりたい。しかし、健常者から見ているだけでは、社会の一側面しか見えてこない。そのためには、マインドチェンジが必要なのです。私たちは、製品づくりを通じて、マインドチェンジを進めていきたい。「歩導くんガイドウェイ」を設置してみて、健常者の方にも、白杖で歩いていただいたり、車椅子に乗っていただくなど、体験する機会を提供します。すると、皆気付くのです。視覚障がい者や車椅子の方が、日常生活にどれほどの不便を強いられているのかを。そして、これから街中で点字ブロックや歩導くんを見るたびに、そのことを思い出し、障がいを持つ方々への配慮が自然に生まれます。これが、私たちメーカーができる、本当の意味での社会貢献なのではないか。微力ではありますが、私たちは製品と知財という強い武器を得て、そのことにとても手応えを感じているのです。

太田 泰造(おおた・たいぞう)
錦城護謨株式会社
代表取締役社長

錦城護謨株式会社代表取締役社長。錦城護謨創業者の三代目として、1972年に生まれる。若さゆえの反抗心からか、家業を継ぐ気はまったくなく、大学卒業後は富士ゼロックスに入社。営業マンとして活躍しながら、やがて企業経営に関心を持つようになる。2002年に、錦城護謨に入社し、2009年に代表取締役に就任。松下幸之助の「共存共栄」の姿勢に感銘を受け、自らの座右の銘とし、既存の「メーカー」の枠にとらわれない活動を行なっている。社名にある錦城とは、実は大阪城の通称。大阪城のような、大きく、堂々として、市民の心の拠り所のような存在になりたいとの思いから名付けられた。

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