- 農業をもっと身近に、簡単に。
栽培から流通までデザインする
小さな農業改革。 -
- I-OPENER’S STORY
- 須貝 翼
- スパイスキューブ株式会社
代表取締役
I-OPENER’S STORY #11
小規模植物工場の開発と生産プロデュース
日本の食料自給率の低迷は、長く問題視されながら、2000年代以降も変わらず横ばい傾向。飼料の高騰や農業従事者の高齢化など、農業を取り巻く環境は困難さを増しています。そんな中、大胆な発想と確かなものづくりの力により農業界に革命を起こしているのが、スパイスキューブ株式会社。自社開発の植物工場を用いて、誰でも農業をしやすい環境づくりを進めています。時に失敗も経験しながら、志を持って挑戦するスパイスキューブの活動を取材しました。
- I-OPENで取り組んだこと
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農業スタートアップとしての成長戦略と強みの整理、構築
関連事業における知財戦略のあり方の事例共有、分析
- 知的財産活用
- 自社での商標「AGROT」の出願、登録
かつての自分を支えてくれた農業
Q. まずは起業に至ったきっかけと、農業に着目した理由について教えてください。
須貝:私は35歳まで、大阪のものづくり企業に勤めるサラリーマンでした。営業職にはじまり、新製品開発や新事業の立ち上げなども経験し、それなりに充実していたのですが、次第に人間関係の摩擦や出世競争に神経をすり減らすようになっていきました。そんな折、自分を支えてくれたのは週末農業でした。20代の頃に農業の先輩から手ほどきを受け、自らの手で育てて食べることの楽しさや美味しさを実感して。会社を2ヶ月休んで、トマト農家の手伝いをしていたこともあるんです。農業の喜びは、いつも私を励ましてくれるものでした。

須貝:農業への関心が日に日に高まり、会社の新規事業開発でも植物工場を発案。しかしその時は経験不足により失敗し、多額の損失を出してしまいました。そのせいで次第に会社に居づらくなったこともあり、精神的にかなり落ち込みました。それでも、農業が自分の大切なものであることには変わらず、会社を辞めてもう一度自らの手でチャレンジしようと思い立ち、2018年にスパイスキューブという会社を設立しました。農業であれば、自分が充実感を持って働きながら社会に貢献できるし、自分の子供や次世代にも残していけると思ったんです。
農業への参入障壁をいかに下げるか
Q. スパイスキューブの事業概要を教えてください。
須貝:スパイスキューブでは、「農業をもっと身近にする」をテーマに、農業への参入障壁を下げて農業従事者を増やす取り組みをしています。農業従事者の生産性向上や効率化支援から始め、その後は自社でも植物工場を持ち、生産した野菜の直販ルートも開拓しました。また、小規模植物工場の設計と施工に乗り出し、空きスペースを活用して誰でも簡単に農業を実践できるようにしています。私が週末農業をしていく中で徐々に見えてきた、農業界の課題を解決することが当面の目標です。

Q. 農業界の課題とは、具体的にどんなことなのでしょうか?
須貝:カロリーベースで見た日本の食料自給率は、昭和40年時点で73%ありましたが、2023年では38%と、低迷が続いています。農業は気候変動にも左右されますし、重労働なわりに儲からない仕事として認識されるようになってしまいました。農業を始めたい若者が減り、農業従事者の高齢化も進んでいます。他にも農地の確保、育成技術の承継など問題は山積みで、それらに対処するアクションのひとつとして設計したのが、AGROTになります。
卸先まで確保してから生産に入る
Q. AGROT(アグロット)の特徴について教えてください。
須貝:「AGROT(アグロット)」は、オフィスや店舗のわずかな空きスペースにも導入できる、小型の植物工場です。種を発芽させ、水が循環しているパイプ内で水耕栽培します。LED照明で光合成を促進させ、規模によっては二酸化炭素も計画的に与えることで、3週間ほどで出荷できる状態に育ちます。土を使わず、水だけで育てるため虫がつかず、農薬も不要。品質や収穫量が安定しているため、生産計画を立てやすいことも特徴です。

須貝:また栽培マニュアルや農業資材を半年以上無料提供するなど、導入後のサポートを手厚くしていることも特徴です。需要のある高機能野菜や希少品種の種を販売したり、栽培した野菜の買取サポートを行って既存の流通網に乗せるなど、農業をビジネスとして成立させる支援を積極的に行っています。
Q. どのように販路を拡大していったのですか?
須貝:野菜のサンプルを持って飲食店を手当たり次第訪問するという、がむしゃらな営業スタイルで少しずつ契約先を増やしていきました。効率は悪いですが、10件に1件ぐらいの割合で契約につながり、現在では関西圏で約100店舗にまで取引が拡大しました。私たちの野菜を採用すれば店舗で大量の野菜を洗い、乾かす手間を削減できますし、異物混入のリスクも減らせるとあって、味だけでなく業務効率化の観点からも支持いただいていますね。

自社の現状に見合う知財戦略
Q. I-OPEN参加のきっかけと成果について、教えてください。
須貝:近畿経済産業局からの紹介で、I-OPENプロジェクトの存在を知りました。知財や社会課題の専門家にメンタリングいただけることにメリットを感じ、実際のプログラムでも経営方針からAGROTの具体的な販売方法まで、細かく助言いただき助かりましたね。前職では特許出願も積極的に行っていましたが、技術部のルーティンとして出願していただけで戦略的とは言えなかったと痛感しました。

須貝:そして、特許出願のための費用や業務負担が自社の状況に見合っているかどうかも、冷静に検討できました。「AGROT」というネーミングをコスト削減のために自分で商標登録出願し、無事に登録されたことは今後の自信にもつながりましたね。知財への理解や特許取得は企業の信用力向上につながり、銀行からの借入もしやすくなります。経営をサポートする機能があることは、I-OPENプロジェクトを通じて得た気づきでしたね。
農業を通じて人類に貢献するために
Q. AGROTや新たなサービスを活用した、今後の展望について聞かせてください。
須貝:農業に参入できる個人や企業を増やし、農業を持続可能なものにするという目標は、今後も変わりません。その中で、既存のプロダクトにこだわらず柔軟に商品やサービスを開発していきたいと考えています。現在は空気中の二酸化炭素を凝縮して集めるDAC(Direct Air Capture)という技術に着目し、2022年から大手企業と研究開発を進めている最中です。AGROTで野菜を生産する場合、ボンベを用いて二酸化炭素を付加するのが通常の方法ですが、大気中の二酸化炭素を吸着して活用できるDACの技術が進めば、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、大きな一歩を踏み出すことができます。

須貝:また、栽培システムを貸し出し、より低コストで参入できる農業サブスクモデルの開発や、障がい者の就労支援での活用などたくさんのアイデアがあり、自分でも次の展開を楽しみにしています。かつて、辛かった時代に自分を支えてくれたのが農業であり、今後の人生がかかっているのもまた農業。自分の働きと経験で人類に寄与できるのは農業しかないと考えて、今後も精一杯精進していきたいと思っています。
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YELL FROM SUPPORTER
YELL FROM SUPPORTER
スパイスキューブ株式会社の取り組みは、遊休スペースを活用した新しい農業の可能性を提示しています。都会の真ん中で誰もが農業を体験できるAGROTは、日本の農業の未来を変える潜在力を秘めています。社会課題解決とビジネスの両立を目指す須貝様の挑戦は、多くの人々に感銘を与えるでしょう。
- SK弁理士法人 代表社員/弁理士
- 奥野 彰彦
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YELL FROM SUPPORTER
YELL FROM SUPPORTER
「世界中どこでも農業を実現する」という希望に向き合い続けた情熱が、挑戦となり、素敵な世界が広がっていました。デザインの力でこの想いを、しっかりと届けることができます。スパイスキューブさんとは、クリエイティブと知財という攻守を、丁寧に設計できました。小さくして大きい取り組みを、これからも多くの方々に見てもらいたいです。
- 一般社団法人ZUAN UNION
- 安川 宏輝

- 須貝 翼(すがい・つばさ)
- スパイスキューブ株式会社
代表取締役 -
1983年生まれ。スパイスキューブ株式会社代表取締役。人材派遣企業、電設資材メーカーなどを経て、2018年にスパイスキューブを設立。週末農業の経験と自らの研究により得た知見をもとに、植物工場事業者の業務改善に着手。また、卓上型水耕栽培キットより大きく植物工場より小さいサイズ感で、市場価値の高い野菜を計画的に生産できる「AGROT」を開発。2022年からはJR西日本、Carbon Xtract社とともに、農業向けDAC(大気中の二酸化炭素の直接回収)技術の開発を進め、社会貢献性の高い事業を推し進めている。