I-OPEN PROJECT

GOOD DESIGN
明日を変える知財のチカラ
水辺の生態系を守る
ヨシの良さを、
親から子へと伝えるために。
I-OPENER’S STORY
株式会社アトリエMay
塩田 真由美 代表取締役
塩田 菜津子 デザイナー
株式会社アトリエMay
株式会社アトリエMayのプロフィール画像

I-OPENER’S STORY #12

淀川に自生するヨシの活用と再生をデザインする

かつてはさまざまに利用され、日本の暮らしに欠かせないものだった水辺のヨシ。しかし現代では、その利用法が失われつつあります。そこに注目した大阪・枚方市のアトリエMay。和紙づくりから着想を得て、「ヨシを良しとする商品計画」を進めています。母娘で取り組む、持続可能な社会を目指す活動を取材しました。

I-OPENで取り組んだこと
特許取得と社団法人設立によるヨシ活用の全国展開
知的財産活用
ヨシの抗菌性繊維化に関する特許取得と、それを活用したヨシの利活用プラットフォーム化

目立たないヨシでも、きっと主人公になれる

Q. まずは、アトリエMayの立ち上げの背景と、ヨシに着目したきっかけについて教えてください。

真由美:18年前、私は大阪で念願だった自分のギャラリーをオープンしました。主婦業が長く、自分一人の力で何ができるか自信もなかったのですが、湧き上がる興味から、小さなカフェを併設した店を始めました。その少し前に、京都の和紙作家に出会い、感銘を受けてギャラリーでも和紙の作品を取り扱っていました。そして、店を始めて最初の秋に植物生態学を専門とする小山弘道先生と出会い、淀川のヨシの現状を初めて知りました。

最初は和紙の世界に魅せられた真由美さん。美濃和紙や越前和紙など有名な産地がある中で、大阪で和紙を扱うことの意味を見出しきれず迷っていた時に、ヨシと運命的な出会いをしたという。

真由美:かつてヨシには、茅葺の屋根やよしず、すだれなどさまざまな活用法があったのに、今では使われていないこと。里山や竹林と同じように、ヨシ原も人が手を入れないと放置され、環境浄化のサイクルが回らないこと。そしてヨシもまた紙にできることも。和紙に興味を持ちながら、それを大阪で取り組むべき理由が見つかっていなかった私としては、地元である淀川のヨシの活用という点にひらめきを覚えて、「私が人生をかけて取り組むのはこれだ」と確信しました。そしてヨシを自分の活動の主軸に決めたのです。

Q. ヨシの特性について教えてください。

真由美:ヨシは水辺で成長します。光合成によって二酸化炭素を吸収するだけでなく、水中の窒素やリンを吸収して水質を浄化する作用を持っています。また、素材としてのヨシには抗菌作用や防腐作用があり、そのために雨ざらしでも腐らないよしずやすだれとして活用されてきました。さらに雅楽の楽器である篳篥(ひちりき)のリードには平安時代から大阪・高槻の鵜殿(うどの)のヨシが使われています。さまざまな地域のヨシを試した結果、鵜殿のヨシがもっとも適しているそうです。ヨシは群生する植物で、ヨシ原は単なる風景としてしか認識されていませんが、実は1本1本のヨシに多くの可能性があります。それを知り、ヨシを主人公にする取り組みをしていきたいと思ったのです。

雅楽で使われる楽器・篳篥(ひちりき)。本体は竹製で、咥えるリード部分に鵜殿のヨシが使われている。雅楽の主旋律を担う音色は、ヨシに支えられているともいえる。

地域の暮らしを地域の資源でデザインする

Q. 具体的にどんな活動を始めたのですか?

真由美:最初は和紙で覚えた手法で、ヨシを和紙の代替品として使い、作品を販売することを考えました。しかしそれだけでは、社会課題の解決にまで広がりません。そこで、娘と一緒に商品企画から考えるようにして、2014年に個人事業から法人化してアトリエMayという会社を立ち上げました。

菜津子:私はその頃、京都造形芸術大学(現京都芸術大学)を卒業し、アパレル企業で働きながら将来の道を模索していました。ファッションが好きで、デザイナーを目指していたのですが、大学3年生の時に東日本大震災があり、社会の風向きが大きく変わったことを感じていました。フェアトレードやコミュニティデザインという概念が登場する中で、新しいファッションを追いかけることが本当に正しいのかと、自問自答し始めて。その頃、母がヨシの再生の仕事をしていることを恩師の先生に伝えたら、「それは素晴らしい取り組みだから、ぜひお母様から学びなさい」と言われたんです。そこでハッとして、私が探し求めていたものは、ずっと近くにあったのかもしれないと思い始めました。ヨシについて学ぶほど私自身もヨシに大きな可能性を感じ、本格的に母の事業にジョインすることになりました。

菜津子さんは学生時代から、合間を見ては母である真由美さんの仕事を手伝っていた。法人化に合わせて、母と活動を共にしていくことを決めた。

真由美:「地域の暮らしを地域資源でデザインする」と意識して取り組むようになると、ヨシは衣食住すべてに活用できると気づきました。ヨシの葉っぱを粉にすれば食品になり、抗菌作用は壁紙など建材に活用できます。そして、ヨシを繊維化して糸にできれば布にも仕立てられます。ただ繊維化には設備が必要ですから、クラウドファンディングを活用して「ヨシ繊維研究所」を立ち上げ、ヨシ繊維製造の体制を整えました。ヨシの事例がまだ少なかったためかNHKをはじめ多くのテレビや新聞などにも取り上げていただいて、目標資金も無事集まりました。自分たちの問題意識が社会の関心ごとと重なったことに嬉しさと驚きがありましたね。

ヨシを繊維化するにあたっては、同じイネ科の植物である竹の事例を参考にした。竹から繊維を作ることに成功した竹繊維研究所を尋ねて学んだという。

活動を社会に広めるための特許取得

Q. I-OPEN参加のきっかけを教えてください。

真由美:世間的な注目が高まり、近畿経済産業局からの取材も受けた頃、その紹介で特許庁の方から直接、電話がありました。そこでI-OPENの活動を知り、お誘いいただいたんです。ちょうどその頃は、ヨシの繊維化が実現し、さまざまな方と商品企画や販売促進をご一緒しはじめた時期でした。嬉しい反面、今まで自分たちですべて行っていたことを人の手に委ねるようになり、どのように全体を管理していくべきかわからなくなっていたので、I-OPENのサポートは大きな助けとなりました。

Q. 取得した特許について、教えてください。

真由美:ヨシが持つ抗菌性を残したまま、ヨシから繊維質を取り出す手法についての特許です。私たちのように小さな組織が特許を出願し維持していくのは大変ですが、特許取得によってヨシの利活用のプラットフォームにできればと考えました。私たちが苦労した点のひとつに、ヨシは先行研究が少なく、抗菌性やその他の効果もまだまだ事例が少ないことにあります。しかしヨシが有望な素材だとわかり、社会の認知が進めば研究も進み、さらなる活用方法も出てくるはず。やがては地場産業がない地域で、新しい雇用を創出できるかもしれません。ボランティアでヨシを刈り、少量の商品を作ることなら私たちだけでもできますが、社会課題に向き合い社会全体に広げていく活動として考えると、特許の取得はとても意味のあるものになりました。

糸にして織ることで生まれたヨシの繊維商品。手触りにハリがあり、抗菌性も持つため、ふきんなどに向いている。

Q. そのほか、I-OPENプログラムの成果や、参加することで得られた学びについて教えてください。

真由美:会社とは別に社団法人(一般社団法人ヨシオープンイノベーション協議会)を立ち上げることで、活動を全国に広げる展望を描けるようになったことが大きかったですね。地方のいちデザイン事務所という立場ではなく、同じ社会問題に取り組む仲間たちとして社団法人をまとめ、関係者たちでイベントを行うことで、活動への理解が得られやすくなったと感じます。

菜津子:大企業との共同研究についても、知財活用を学んで弁理士の先生とつながりができたことで、不安なく進められるようになりました。大成建設株式会社と一緒にヨシをチップ化した舗装材を開発したり、TOPPAN株式会社とはヨシの高い抗菌性を生かした使用済みオムツの再生活用をするなど、多くの取り組みが形となって、大阪関西万博で展示されています。

世代を超えて引き継ぐ、ヨシの可能性

Q. ヨシを生かして、今後さらにどんなことに取り組んでいきますか?

真由美:娘と一緒に仕事をしているということもありますが、次の世代につなげていくことを意識しています。私は48歳でヨシと出会いましたが、娘は17歳で出会っています。これから長く活動すれば、トータルでは私より娘の方がヨシに関わる期間が長く、専門性も高くなるわけです。「門前の小僧習わぬ経を読む」ということわざにあるように、世代を超えて自然な継承ができていくことが、本当の意味で社会に根付いていくことになるのだと思います。

菜津子:私は母と一緒に事業をすることで母からたくさんのことを学びましたし、将来的には私たちよりもっと賢い人たちが、ヨシの使い方をさらに広げてくれると思います。ヨシが日本の暮らしの中で持続可能な形にできれば、あの美しいヨシ原が広がる光景も、守られ続けるのでしょう。私たちは、その最初のきっかけでありたいと願っています。

  • YELL FROM SUPPORTER

    松田光代さんのプロフィール画像

    YELL FROM SUPPORTER

    ヨシの活用で地域を活性化するアトリエMayの取組は、I-OPENプロジェクトを経て、ヨシオープンイノベーション協議会の設立につながり着々と活動の幅を広げておられます。さながら鵜殿ヨシ原から世界に飛び立つ渡り鳥たちのようにアトリエMayの活動も淀川から日本中、世界中に広がっていくことを期待しています。

    松田法律特許事務所
    松田 光代
株式会社アトリエMayのプロフィール画像
(左)塩田 真由美(しおた・まゆみ)
(右)塩田 菜津子(しおた・なつこ)
株式会社アトリエMay

母・真由美さんが2007年7月、大阪府交野市に「和 Art Cafe May」をオープン。その後、鵜殿ヨシ原研究所所長の小山弘道氏と出会い、ヨシの可能性に目覚める。ヨシ紙を中心に事業を展開するため、2014年7月にアトリエMayとして法人化、菜津子さんがメンバーとして加わる。淀川水系や地元農家の6次産業化、地域資源を生かしたブランディング等を行う「まちのデザイン事務所」としても展開。2021年には、クラウドファンディングによりヨシ繊維研究所を立ち上げ、ヨシ繊維製造を開始。これまでに300種類以上のヨシ製品が誕生した。2023年には一般社団法人ヨシオープンイノベーション協議会を発足。ヨシの利活用を推進している。母娘でともに働くことについて真由美さんは、「私が頭の中で考えたことを娘がデザインして具現化してくれるのでとても助かっています」と語る。

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